山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

第28回アンサンブルコンテスト・会場変更

はや1年が過ぎました。去年甲状腺摘出手術の後遺症・オシッコ漏れを気にしながら明石市民会館大ホールで一日過ごしたことを思い出す。
去年から開会の御挨拶を申し付かり、今年からは形だけながら実行委員長なる肩書きまで頂いた。
今年に限り、市民会館改修に伴い、会場を大久保の明石産業会館全館を借り切ってのコンテストとなります。
会場変更にご注意ください。
さて、挨拶のことですが、中学1年から高校3年までの6年に渡る生徒諸君へのご挨拶となれば、6年間は同じ内容は避けなければ。
というわけで、今年は昔話2題を取り上げてお話しようと考えています。
吹奏楽いわゆるブラスバンドの日本人による本邦事始めについて。
②この明石が昔、といっても終戦直後のこと。JAZZトランペットの名産地であったこと。
まず、①について調べてみると、日本の吹奏楽の歴史は1869年に薩摩藩が、藩士を選抜して、ウイリアム・フエントンの指導を受けさせ、薩摩バンド(薩摩藩軍楽隊)を編成した時に始まる、 とあった。
そのメンバーが廃藩置県にともない陸軍海軍に創設された軍楽隊(陸軍は戸山学校軍楽隊)の中心となった。
また、日本人によらない日本の地での吹奏楽(軍楽隊)の響きが初めて鳴り響いたのはペリーが浦賀に来航した際(1853年嘉永6年)のことと云われている。
②については別項で改めます。