山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

明石駅前活性化再開発事業・混迷の原因は市当局に有り。


今日の神戸新聞明石駅前再開発を巡ってのテンヤワンヤ特集が躍る。森本尚樹記者もこのことに関しては火を付けたり水を掛けたりと忙しい。
多少、いやかなりこの再開発に拘わりを持つ者の視点から、今回の再開発混迷劇を見直せば不思議なことが見えてくる。

当初再開発組合設立準備の段階から、この再開発は既定の事のように思われた。そう思い込んだ一つには、北口元市長の肝いりが言われていたことだ。
明石海岸遊歩道事故の収束、後始末に追われた北口市長が、自身の実績を何か遺したいといつごろから考え出したのかは定かではないが、まだまだ若い身で、国会へ打って出るにしろ、知事を目指すにしろ、なにがしかの市長として誇れる前向きの実績が必要となる。
かねがねトップダウンの行政で、かなり思いつきをごり押しして来た北口市長が、明石駅前にその実績のフラッグを揚げられるとなって飛びついた。
駅前広場を広くしろとか、いろんなアイデアを描いてもいたらしい。中心活性化課Y係長のボヤキでもそれが知れる。
形としては完全に市主導で、早々と駅前利権を取り込む第三セクターも設立済み。アスピアと一体管理して、効率を上げることまで織り込み済みだった。
早期の説明会で、なんで早々と第三セクターが出来ているのかと質問して、かなりの顰蹙を買った覚えが有ります。・・・あんな大それた質問をするあいつはWHOと言うわけか。
その市当局の対応は、市長の了承事項としての駅前開発であり、お墨付きを押し抱いての強圧的態度に驚いた場面がしばしば。
もちろん、聞く方としては、そこまで固まっていることなら、再開発実現は間違いなしと確信したのも無理はなかった。
ただ、市の巨額投資の裏付けは如何にとの一抹の不安は残った。

そんな中、異変は起こるべくして起こった。さまざまな軋轢が市長と市幹部の間に生じた結果、その切欠はタコフェリー存続問題での補助金を市が出すの出さないのとなって、市幹部が確かりと市長の食言を証言してしまった。
後はご存じの通りの、次期市長選不出馬宣言となり、周りのものがあっけにとられるうちに任期満了を迎え、その空白の期間には駅前再開発は」完全に棚上げとなった。
この降板劇の最大の理由は、自分が推し進めてきた駅前再開発にかかる巨額費用にブルったことだ。その根回しの至らなかったことだ。市長と市当局がこの事業については異床同夢だった。
元はと言えば、市長の功名心に発したものだが、その必要性は十分にあった。
これを69票差で勝利を収めた泉新市長がどう判断するか、全市民が固唾を飲んで見守っているというのが現状だ。
この世紀の接戦だった市長選も、泉陣営に特に肩入れしたのが北口元市長だったとか。まことにこんがらがったもんだ。
市長としてはたぶん内容の見直しを図ることにするだろう。
それは、市当局の主導が過ぎたばかりに、その内容たるや、旧前の商業者と市役所窓口をただ単に一纏めにしたような夢の無いプラントなっている点にある。
何故こんな陳腐なプランになったかと言うと、この駅前再開発については東仲ノ町の際の痛い経験がトラウマとして有るからだ。
キーテナントとして大丸・神戸生協と変わり挙句に生協出店取り消しとなったドタバタ劇だ。
かくしてキーテナントは市役所というまことに珍しい構想がまかり通ってしまった。
このことからも、内容の見直しは当然やらねばならないし、やる以上は平成の城下町縄張りぐらいの夢を盛り込まねばなりません。
遺された少ない時間の中で、以上の仕事をやり遂げるには新市長の剛腕をもってするしかありません。・・・時は今なんです。