山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

大前研一の大警告・「産業突然死」時代の人生論より抜粋

日本の公的債務に関する錯覚

 学者の中には、ギリシャ国債は外国が買っており、対外債務であるから危機になるのであって、日本国債は国民および日本の金融機関が買っているので投売りは起こらない、すなわち暴落の危険性は少ない、と解説する者もいる。まさに「曲学阿世の徒」と呼ぶにふさわしい解釈である。
 海外の投資家が日本の公的債務をまだ比較的安全と見ているのは錯覚に基づいている。つまり、危なければ誰も買わないか、高利回りにしなくてはいけないだろう(現にギリシャが先週行ったユーロ建て10年もの国債発行では6.25%もの利回りとしなくてはならなかった)。それが、日本の場合にはまだ1%台で発行し、買い手がいるのだから安心なのだ、という錯覚である。
 しかし、買い手は金融庁に睨まれた銀行とか生保、亀井大臣の大本営が経営する郵貯簡保、そして日銀や中小企業金融機関などである。もちろん国民はそんなことは知らない。いざとなれば自分たちが預けたものは返ってくる、と信じているが、どの金融機関も日本国債がコケた時には返済資金は当然ない。
 もう一つの錯覚は、外国人が持っているわけではないから(ギリシャアメリカなどとは違う)、というものである。下の図でも明らかなように約6%(44兆円)は外国人が所有している。彼らが一斉に売り浴びせれば、ダイナマイトどころのインパクトではすまない。日本の金融機関も当然パニックに襲われ、狼狽売りせざるを得ないだろう。そのとき国民は初めて自分たちの安全と思った貯金や生保、信託などが実は裏側で国債に化けており、それが国家のルーズな財政を助長していたのだ、と気がつくのだ。