山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

フランス・コルマール  noel kormar

コルマールはかつての神聖ローマ帝国自由都市であり、歴史ある街である。
コルマールに触れた最古の文献は823年のものであり、そこではこの街はコルンバリウム(Columbarium, ラテン語で鳩小屋の意)として言及される。13世紀初頭には街に城壁が築かれ、1226年にはコルマール帝国自由都市の資格が与えられた。
1354年にアルザス10都市が結んだ「十都市同盟」にも、コルマールは参加している。この同盟の目的は、帝国都市としての権益と自由を擁護することにあった。
17世紀後半、アルザス地方がドイツ圏からフランス王国に割譲されるとともに、ドイツ文化圏のコルマールはフランス領アルザスの一都市となった。
フランス革命後、1791年の旧地方区分廃止と県の設置に伴い、コルマールはオー=ラン県の県庁所在地となった。
普仏戦争でフランスがプロイセンに敗北した後、1871年アルザスドイツ帝国に割譲され、コルマールはドイツ領エルザス=ロートリンゲン州の一部となった。
1918年にフランスは再びコルマールを自国領に編入した。第二次世界大戦で1941年フランスがドイツに降伏すると、コルマールはバーデン=アルザス大管区に編入された。
同地はドイツ国土の一部とされ、1942年にはドイツ国防軍コルマールに進駐した。コルマールに連合軍が進駐したのは1945年2月である。(コルマールの戦い)

そんなコルマールの絵葉書が、お土産のチョコレートと共に。