山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

明石デキシーランド・ジャズ協会設立

 全日本デキシーランドフェステイバルに出演するのもいいが、自主公演も企画せねばならなくなった。ジャズ好きの常連のなかから、ハウス・ビッグ・バンドを結成しようとの動きが出てきた。たまたまお店に立ち寄ってそれ以来、演奏のある日には欠かさず顔を出していた、西区工業団地の神戸造機勤務の港良一さんが、近畿大学時代のバンド経験を生かして、バンド結成の音頭を取ってくれた。お店の休業日・毎週水曜日だったか。練習会場に提供しての練習が始まった。今でも不思議に思うんだけど、あれよあれよと言う間に、ビッグバンドワンセット出来ちゃいました。名付けて『明石メイトジャズオーケストラ』。このメイトというのは、我が母店・事業本体である喫茶リオ・ブラジルがあった明石ダイエー東館地下飲食街の名前だった。
 バンドとして恰好がついてくれば、演奏を披露したくなるのは人情。昨日のタコタコでも顔を見せていた、ベースのゲンサン、メトロノーム生頼、津野啓三、裏方にまわっていた川崎小倉昆布君等。サックスの番ちゃんに段ボール橘ちゃん、ギターの島ちゃん、ペットの杉本の名前も覚えていまっせ。コンサート会場としては、念願の末やっと完成実現していた明石市民会館の中ホールが御誂えむけ。約500人は入るそうな。非営利なら使用料もリーゾナブル。入場料の上限は500円以下。そこで額面499円にして1円玉を貼り付けて500円で売りさばく。出演バンドはボサリオ一座と明石メイトジャズの2バンド。ポスターも仲間の誰かが手作りしてくれたはず。かくしてコンサート名も私の独断で『GOOD TIME JAZZ CONCERT』と名づけ全てが順調にことは進んだ。ところが市民会館の使用者欄に営業店の名前を使うと使用料が非営利にならないという事態になった。まあそんなことをクリヤーするなんぞ訳も(屁のカッパ)ない。その場で明石デキシーランドジャズ協会を結成し、会長・津野伸一と書き込み会場申込完了。
以来6回にわたり開いた主催者はこの明石デキシーランドジャズ協会となっている。そのうえいまだこの協会は休眠ではあるが、解散消滅したわけではない。だって会長1名会員1名なんだから解散のしようもありません。

   第1回 GOOD TIME JAZZ CONCERT 司会・安達晴彦
     1975年4月23日 会場・明石市民会館中ホール