山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

母親が遺したスクラップ写真・JAZZ街あかし

 母親が遺したアルバム・スクラップを整理。
なにせ常にだれかのフアンで、覚えているだけでも高田浩吉・春日八郎・先代扇雀尾上菊五郎・先代貴の花等一度フアンになれば一生続けるといった塩梅でありました。
特に高田浩吉は知人が満州で同じ兵役仲間だったこと。春日八郎は映画館の実演で妹が花束贈呈を頼まれてから、熱心なフアンとなりました。
そんなことを思い出しながらの整理中出てきたのが、まるで赤茶けた新聞半面。
これは放かそうかと紙面を点検しますと、なんと懐かしや、昭和51年11月5日明石市民会館中ホールで行った
「JAZZ街あかし」の予告記事ではありませんか。
このコンサートは我々アマチュアバンドを市民会館企画が応援して、目玉として北村英治クラリネット)を迎えての
当時としては画期的な内容のコンサートでありました。
赤茶けた紙面をまじまじ見るうちに33年前にワープする想い。
何を思ってのスクラップだったのか。
我が息子・娘の最大のフアンで有り続けた母親の気持を再確認させられたというわけか。
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