山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

龍馬最後の帰郷⑥

 22歳の若妻早苗の目に映った龍馬達の肖像は興味深い。彼女の記憶は四十年の歳月を隔てているのに鮮明である。早苗は懐妊中で、翌年(慶応四年)二月、男児を出産した。これがこの筆録を遺した直正である。

父上、サキ入リ、坂本、中島ガ未ダ湯ハ湧イテイルカト云イシニ、皆入浴セシ後ナリシガ再ビ沸カセリ。
坂本ハ土藩論ヲ奮起セシメントテ帰国セシナリ。(当時、時勢切迫ノ時機ヲ気遣ヒ)
祖父ニ叔父ノブッサキ羽織ヲ着セタリ。
宴会ノ席ニテ御徒行松原長次、頻リニシャベリ居リタリ。一同茶ノ間ニテ食事、小沢ハ自ラ井戸ヲクム。
中島ハ津野ヘ、坂本ハ小島ヘ寄リ、船へ帰ルトテ宅ヲ出タリ。
小沢ノ宿ハ紺屋広次方ナリ。浜田祖父(医師、早苗ノ父)診察ス。
二,三日間、母ハ湯ノ加減等ヲナセリ。坂本氏ヨリ鏡ヲモライシト云フ。
坂本ハ入浴後、裏ノ部屋ニ休憩、襖ノ張付ケ見居リタリ。
母火鉢ヲモチ行シニ「誠ニ不図御世話ニナリマス」ト云ヘリ。

中江兆民は少年時代、長崎に留学していた時、龍馬から純然たる土佐弁で「中江の二イさん、煙草を買ふて来てオーセ」と頼まれたことを離しているが、中城早苗ほどに龍馬の風貌と挙措を鮮やかに語っている人はいないだろう。彼女の目に映った龍馬の風貌はどことなく寂しい。
(田中一郎 坂本龍馬ー隠された肖像ー より)