山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

錦江町・少年ラッパ鼓隊・昭和16年

明石小学校区の内、いまの駅前交差点北側に錦江町があった。現在は大明石町なるところ。下駄ばき住宅(地元でしか分からない)あたりに木下邸があり、その前での集合写真を発見した。
木村書店店主・木村二朗さんに提供して頂いた。
木下鉄工所の社長の肝いりで楽器から制服まで取り揃え、堂々の小学生ラッパ鼓隊の勇姿である。
正に開戦前夜、軍国少年も銃後鼓舞のための楽隊が結成されていたんだ。
この写真は昭和16年とあり、我が言う処の明石吹奏楽源流の一つとするべし。
この隊の少年たちの内数名が明石中学校音楽部に進んだ。
木村少年も5-年生で小太鼓を担当。明石中学でも引き続き小太鼓を受け持った。
前面の道路は今の2号線と言うから驚き。