山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

みずくかばね・きさむすかばね114万柱

 8月15日天皇玉音放送をもって終戦とした。何故9月2日の戦艦ミズーリー号上での降伏文書調印を以て敗戦と言わないのか。
実際は、9月2日ポツダム宣言受諾した「契約履行の詔書」を昭和天皇が発し、これにより日本政府全権の重光葵が、大本営全権の梅津美冶郎が降伏文書に調印した。
この様に敗戦を終戦と言い換え、撤退を転進と誤魔化す余りにも日本人的体質は、その後の外地戦没兵の遺骨収集に如実に表れている。
重大な過失、結果に対して決して徹底検証をしようとしない忘却大和民族は、時の支配者にとってこれ程都合の良い民草はありません。
みずくかばね・くさむすかばねがまだ114万柱も眠っていると言うのに、00方面にて戦死とだけ書かれた遺骨箱を押し抱いて有難ガたがる我々日本民族
戦争末期、無差別爆撃を行ったB29の内、たまたま撃墜された機の搭乗員が、降下地点の民衆に袋だたきにされ惨殺の目にあった事件について、終戦後すばやくその埋葬された遺骨を掘り返し、死因を調査特定して、一体何が起ったのか執拗に追及した米軍の戦死者に対する態度との違い。これは一体何事何だ。
尊い命を捧げた兵士に対するリスペクトを無視した日本軍。その結果がいまなお114万柱が海外に眠る。
公共事業・景気対策という前に、この御柱を残らず祖国に迎えるための最大努力をするべきだ。
戦後65年、出征時母の胎内に居て父の顔を見ることが出来なかった遺児にして65―66歳。
もう時間が残されていないんです。