山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

サンパウロでの奇縁

サンパウロ・エアポート・マリオットホテルに8時頃到着。空港には今夜の宿泊と、明日クリチバ行きの搭乗をマネージして下さる立花氏が出迎え。
まずは立花氏のお名前から質問すると、なんと明石市・江井が島辺りの出身とかで、菩提寺は魚住にあるとの話。たちまち打ち解けて色々と現地ブラジルの事情を聞いてみる。
その夜は、2日ぶりのベッドで、部屋に入るなりベッドに倒れ込む。
シャワーを浴び、一息入れた所でサンパウロで投函するよう持参した津野義雄氏(次男)宛の封書を取り出してみる。そうだこの投函を明日、立花氏にお願いしようと、改めて枕元に置き、眠りに就いた。
翌日、意外と早く目が覚めて、朝食前にホテル中庭を散策、此処がブラジル・サンパウロかと呟いてみる。時間となって朝食ブッフェに向かい初めてブラジルで最初の食事を取った。なんとコーヒーの濃厚なこと。これで中村氏が日本のコーヒーは馬ションと云う意味が分かった。
出発前、立花氏が現れ、早速封書を取り出し投函を依頼する。分かりましたと封書のあて先を見ていた立花氏が、突然「この住所は私の住まいの近くで、この宛名の津野さんも心当たりがある」と云いだした。思わず声を飲んで言葉の続きを聞く。おまけに立花氏の本業の翻訳業でメディカルな分野でアドバイスを受けている津野進医師とその娘のエレナさんとも極親しくて、今この場でエレナさんに電話連絡してみますと仰る。進さんは長男・義雄さんの長男だ。
この広いブラジルくんだりで、まさかこのツアーのもう一つの目的。身内を訪ねて2万キロの尋ね人の手がかりが一挙に現れるとは。それが本当であれば何と言う幸運か、強運か、親父の導きなのか。
思わず身震いしてエレナさんへ電話を入れる立花氏を伏し拝んだ。
電話を代わり、わたしは鶴子叔母さんの弟・清志の長男・伸一ですと伝えると、清志叔父さんの名前はよく聞いているとの返事。エレナさんはリオに住まっているから是非、リオで会いましょうと約束して電話を置いた。
のっけから問題解決の糸口を得て勇躍クリチバへと向かったが、クリチバの地でも望外な出来事が待っていた。左から二人目が立花氏。