山陽立地・つれづれDEEP

10年にわたって書き散らかした事々を、この際一か所にまとめた

限りなき愛情

img426.jpg実は歌だけで舞台に上がったのは後にも先にもこの時限りだが、ターヤン・ナッカンのプロとニューオリンズラスカルズの名トロンボーン福田氏、NHKのプロデュサー・クラの福家氏と関西TOPの実力者を揃えたアンバサダーと南里文雄師匠のステージで南里文雄作曲の「限りなき愛情」を歌うはめになっちゃった。南里先生と奥さまとの純愛は映画になったぐらいで、その映画のテーマ曲ではなかったかな。とくに南里先生が失明してからの奥さまの献身的お世話は、それこそ限りなき愛情と言える。先生に、失明の原因を恐る恐る尋ねてみると、いともアッサリト、麻雀のやりすぎだったとの返事。不遇を託った際にのめり込んだ麻雀のせいだったんだ。
ステージは私の歌以外は受けに受けました。レッツゴー三匹のお笑いもデキシーに絡んだネタを繰りひろげ、南里師匠の18番の「バラ色の人生」・「聖者の行進」で最高に盛り上がり、式典のアトラクションは無事終了。
もちろん、アフターのボサリオでのジャムセッションのほうがより盛り上がったのはゆうまでもないこと。
このイベントがあったわずか2ヶ月後、かの末広光夫MUSIC・PRODUCERが主催していた第9回全日本デキシーランド・ジャズ・フェスティバルにボサリオ一座として出演が決まった。
ターヤンこと伊藤隆文が明石に帰ってきてやっとオリジナルバンドを育てる気になったことで、連日の猛特訓が始まる。薗田憲一とデキシーキングスの初代トランペットで鳴らしたターヤンが、素人を集めたバンドとは言え、いい加減な演奏では恥をかくことになる。この気持はバンドの皆が共有し、これがために今までにはない、アンサンブルの完成度の高いバンドが誕生することとなった。
編成はONEペットTWOボーンという変則編成。これには訳があって、ターヤンのペットに絡むには相当の腕がいるし、我々にはそれがない。さすればTWOボーンでハーモニーを主にバッキングに徹し、エバーグリーン的なアンサンブルで勝負するしか道は無い。そんな訳で選んだ曲が「ルイ・アームストロング・マスターピース
①WESTEND BLUES②POTETO HEAD BULUES③BY AND BY④WHEN IT’S SLEEPY 
TIME DOWN SOUTHの5曲で構成された、どれもこれもフアンが泣いて喜ぶルイのお得意の演奏の、それも良いとこだけを明石のターヤン・日本のルイ・アームストロングが吹きまくった。
3管が奏でる音の分厚さは特に5曲目のDOWN SOUTHでは、吹いている私自身そのハーモニーに包みこまれる心地よさに浸るほどの名演奏が実現したのです。・・舞台は神戸そごう屋上ビヤガーデン特設舞台上。406cd2d6.jpg